催眠の歴史と医学

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催眠の歴史と医学


 

催眠の最古の記録

 

催眠(現象)についてもっとも古い記録は、紀元前3766年パピルスに、チッチャ・エム・アンクという呪術師が催眠のような現象を起こしたと記録されています。

 

医学文献「エベルス・パピルス」には、古代エジプトの「眠りの寺院」で病人が呪文により病気を治してもらったとの記述が残っています。

 

当時、「眠りの寺院」では心身の病理を、呪術的な儀式で深い催眠状態へ誘導することにより、診断や治療を行うということが行われていました。

 

メスメリズムの誕生

 

19世紀に入り、ウィーンの医師フランツ・アントン・メスメル(1734~1815)が、「動物磁気説」を考案します。

 

人間の体内のエーテル体のバランスが崩れることで病気になると考え、磁気を帯びたエーテル体を患者に送り込むことによって、病気が回復されると考えました。

 

メスメルの元へ治療に来た患者は、メスメルに触れられると痙攣を起こしたり、失神したりしましたが、そこから覚めると病気が回復したと言われています。

 

実際には、カリスマ性のあったメスメルに触れられることで、患者自身の自己暗示によって回復されたのだと思われます。

 

ただ、このことから現代催眠の歴史は19世紀のオーストラリアの医師、フランツ・アントン・メスメルに始まったと言ってもいいかもしれません。

 

ジェイムズ・ブレイド

 

19世紀に入り、メスメリズムを研究していた医師、ジェイムズ・ブレイドが神経生理学観点からこの現象の説明を試み、1843年に「神経催眠学」という本を発表します。

 

人間は、ある一点を凝視することで目の筋肉が疲れて、自然にトランス状態に入ることに気が付き、その状態が眠っている状態に近いので、ギリシャ語の「眠り」を意味するヒプノシスから、現在のヒプノ=催眠という言葉を生み出しました。

 

1843年まだエーテル麻酔が存在しない時代には、催眠による無痛手術が行われていますが、当時の医学界にはまだ受け入れられません。

 

直接暗示のナンシー学派

 

その後メスメリズムは、サルペトリーエール学派へと受け継がれますが、直接暗示による催眠療法を行っていたリエボーやベルネームらのナンシー学派と対立し、1889年に開かれた国際会議でナンシー学派が正しいと証明されます。

 

1800年代後半、催眠暗示による治療の中でトラウマの経験を思い出し、吐き出すことでカタルシス(浄化)効果により、症状が消えていくことがわかり、現在でも用いられています。

 

19世紀から20世紀にかけて、催眠による治療は、精神面での適用、外科の麻酔の代用など、世界へと広まっていきます。

 

現代催眠の祖ミルトン・エリクソン

 

アメリカの精神科医ミルトン・エリクソン(1901~1980)は、催眠を実証科学の域まで高めた催眠療法家で、1957年には米国臨床催眠学会を創設します。

 

エリクソンの催眠手法は、それまでの伝統的催眠と異なり、話を聞いているうちにトランス状態に導かれるという間接的な手法を用いました。

 

20世紀半ばまで決して正しく理解されなかった催眠ですが、第2次世界大戦後に戦争神経症患者が短期間で治癒されたことから、催眠の地位は向上して世間に認められるようになり、現在に至ります。

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